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zoom RSS 日本カタルニア親善協会 講演風景

<<   作成日時 : 2017/07/19 19:26   >>

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7月18日
港区の霞会館にてカタルニアの食文化についての講演を行いました。

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先ずは自己紹介から始まり、

何割かは顔見知りの方々もいらっしゃいましたが、

カタルニアとの出会い、

1980年代のバルセロナ事情
 などを当時の思い出話を交え、
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典型的なカタルニア料理、エスカリバダ(焼き野菜のカタルニア風)
エスケイシャーダ(塩ダラのマリネカタルニア風)
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サンファイナ、野菜の煮込みカタルニア風に鶏肉を添えて

修業時代の話なども盛り込み、

カタルニアのパエリャの特徴、ソフリートという玉葱ニンニクをオリーブオイルでしっかりと色づくマデ炒めたものを他の地方よりしっかり入れるので、サフランの黄色が映えずインスタ向きではない仕上がりだけど味はしっかりとして美味しいなど、

マルイモンターニャ、海の幸と山の幸をソフリートで煮込み、仕上げにピカーダカタラン(アーモンド松の実、ニンニクを細かく潰したペースト)をソースに混ぜ合わせる。
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等々しゃべっていたら、講演時間オーバーしてしまいました。

懇親会場に移動し参加したみなさまと楽しくワイン、カバ、軽いお食事を楽しみ、、、
カタルニアの領事されてた方もお二人参加していて、講演面白かったとほっと胸なで下ろし?

無事終了しました。

参考までに、講演原稿、長いですし、全くこの通りに話した訳ではありませんが、公開します。

7月18日(火) テルトゥーリア 「カタルーニア食文化と生活―バルセロナ料理修行から」

講演内容のあらまし

自己紹介とバルセロナとの出会い 5~8分 

料理との出会いは、、ボーイスカウトかな?
当時世界の料理ショーグラハムカー 母親の見ていたNHK今日の料理

学生時代、親戚の弁当屋と、警察関係に大いにお世話になる。
別に逮捕された訳ではなく、遠い親戚が機動隊退官し、居酒屋を始め、その後警察関係に仕出し屋を始める。警察食堂、機動隊警備の仕出しで、500人前とかの弁当調理を手伝う経験を、この経験が、スペインンで意外と役だった。焼き物、揚げ物も腕は上

その後、色々と悪さをし、仕送り思いっきり減らされたので、下宿のアパート近くの小さなスペインン居酒屋でアルバイト、賄い目当て。

当時はまだまだスペイン料理がほとんどなかった時代なので、スペインン関係者、フラメンコ、等々、ちょっと妖しい方々も集まっていた、スペインンファンは思い込みが激しいのかもしれない様な気がしてました。

この店の親父は、ほとんどスペイン料理素人で、文流のスペイン料理研修パック旅行参加しただけでしたが、なぜか料理センスはあったので、当時は美味しいと思った。
そこで一緒にアルバイトをしていた、別のF氏は、グラナダ大学留学経験者で、グラナダで、レストランバイトも経験。この人からスペイン料理の基礎を教わりました。さらに、スペインに行くきっかけも。 F氏の知り合いに、バルセロナのホテルの料理人がいたのです。

その料理人はタラゴナの女性と結婚し5星のプリンセサソフィアで働いている人でした。
その彼が一時帰国した時にF氏に会いにバイト先の店に来て、スペイン料理やスペインンの話を聞いたのがこの世界に入るきっかけでした。

僕は当時、なんだか大学の雰囲気になじめず、さらに数年在学しこのまま就職するなどと想像も出来ないドロップアウト症候群に感染し、料理の世界にどんどん気持ちが傾いていたのでした。

若いって向こう見ずです。
バルセロナ在住のO氏に「スペイン料理をやりたい」と青と赤の縁取りのエアメールを書いて、相談したら、とりあえず来ればという返事。そんなわけで、バルセロナへ?
大学を中退し、資金を貯めるためバイトと、スペイン語、
語学の得意な前述のF氏には、ほぼボランティアでスペイン語個人教授うけ、

生まれて初めての海外がスペイン。齢二十歳。 先ずはマドリー バハラス空港 ドキドキしながらマドリッド観光 分けも分からずうろうろ。

翌日バルセロナ、初カタルーニャ!

ランブラスからスペイン広場のミロを見た記憶

バルセロナ在住のO氏と全く連絡がとれない不安な日々が、自宅に電話何度も入れているうちに、やっと相手が受話器を取ってくれた!

おっと、O氏ではなく奥さんのお母さん、外国語の電話は、ハードル高かった、しかも、まず受話器から聞こえてのはカタラン語、カタランなまりのスペイン語なのか、おそらく相手がスペイン語の怪しい日本人だと察してくれて、タラゴナなまりのカスティジャーのでゆっくり話してくれ、なんとか会話成立し、O氏病気で入院中と判明。この時、お母さんが電話に出てくれなければ、人生最初の大冒険あっけなく帰国か!という状況でした。

こんな不安な状況でも、お腹は空きます。取りあえず初めてのバルセロナの安宿、今思えばそれほど安くはなかったけど?近辺の当時\500~1500のメニューデルディアを注文し知っている料理名を食べ倒していました。カタルニア風ほうれん草松の実とレーズンの入ったホウレンソーのソテーもこの時初めて本場の味を体験!地中海沿岸のカタルニャには、松の木が沢山生えていたようです、バルセロナの旧市街、ゴティック地区小さな教会と居心地の良い広場があります、ぼくのお気に入りの場所です!プラサピー、そして教会はピー教会、松の教会という名前です、現在は、松の木は全くありませんがローマ時代にはこのあたりは松林だったらしいです。


松林と、当時のボッケリア門についてちょっと言及。脱線、松の木があると言うことは、松茸もあるのでは?
セニョルペトラス氏
僕が働いていた頃、レストランネイチェルに配達してたおにーちゃん、今ではキノコに関しては、カタルニア一番の知識のキノコ博士とも言われています?日本料理店からの依頼で、松茸捜し出して、日本料理店に納品、それだけではなく、スペインンの松茸は苦みがあるので。彼は調理法も研究。

よく分からずに注文した、ブティファラと白インゲン豆。カタルニア風サラダは、いろんなカタルニアのハムソーセージが載ったサラダでしたが、記憶に残っているのは、スペインンにはスライスした玉葱というのは存在しない!大まかに切った玉葱が載ったサラダ、うぅ〜んはじめはビックリ、、
スペインンのもしくはカタルニアの玉葱が辛くない!土壌の違い日本は火山灰が必ずあるので、アルカリより、スペインンから密輸で、種持ってきても、数回連作すると、スペインン玉葱も辛くなる?ニンニクについても。今はスペイン産ニンニクが手に入るので、、、

やっとO氏に会え、職場も紹介してもらいレストラン修行が始まりました。

職場はスペイン各地出身が多く、カスティジャーでの会話だと安心しましたが、
実は、1980年代は、ほんの数年前まで、フランコ時代カタラン語禁止されていたので、カタラン語しゃべれる人が多数派ではなかったのでした。   



10分未満に
















実質のカタルニアとの出会い  
僕が本当のカタルニア文化に気がつかず接したのは、賄い!
ロメスコスソース、肉、魚、野菜何にでも会わせることのできるカタルニアのソース。
このソースの作り方の説明、、、、
近所のメルカード横にある安いレストランは働き始め多後、しょっちゅうごはん食べに行って、フリカンド牛肉料理、アロス米料理などよく食べてました。

バルセロナからフランス国境方面のコスタブラバの海岸にあるレストラン、鱸やタイ、近海で捕れたお魚を焼いて、ロメスコスソースとアリオリを添えて。
思い出すのは、コスタブラバの、ラスカラのレストランで、スズキの2種のソース添えというメニューを見て、ウエイターカマレロにこれはどんなのと尋ねたら、ロメスコとアリオリソースのことで、カタルニアではロメスコソースとアリオリはセットみたいな物だとか、
アリオリソースもカタルニアでは基本のソース、軽く作り方の説明、、
そう言えば、マヨネーズもカタルニア文化圏のマジョルカ島発祥説も?

焼き野菜のカタルニア風、エスカリバダも家庭料理の定番、エスカリバダの作り方に言及

お惣菜みたいですね、前述の3つのロメスコ、アリオリ、エスカリバダ。おっと忘れてた。エスケイシャーダ鱈のカタルニア風マリネも定番。バカラオ 塩だら。
エスケイシャールちぎったという意味だとカタラン人の料理人に教えてもらいました。
バカラオ、干鱈を水で塩抜きし、タマネギ、パブリカ赤とミドリを彩りに、トマトは細かく切って、フレッシュトマトソースに、塩、オリーブオイル、ビネガーで味付けし、マリネにします。生の塩ダラを料理に使い、加熱しないのはカタルニアの特徴でしょう。
ほとんどの塩ダラ料理は加熱調理が基本です。ただし、この料理に使う塩ダラは、市場、ボッケリアなど、もしくは塩ダラ専門店でも、エスケイシャーダに使うのを買い求めます。
そうすると、「エスケイシャーダ用ですね」といって、より上級のをすすめてくれます。その塩ダラは水に付け一晩塩抜きすると、まるで生魚の切り身に近い食感になります。よくできたエスケイシャーダに出会った時、ふと思ったのは、釣りダラの良い状態の物で、再現しても面白いな、
ある日、友人のカタラン人が来日すると連絡があり、、よし!試してみるかとドスガトスでこぶじめのタラを使ってちょっと塩多い目でマリネしてからこのエスケイシャーダを作ったことがあります。彼は美味しいと大変喜んで食べてくれました。

塩だらについて、地中海にはいない、ローマ時代から保存食として流通。
ドンキホーテの時代には、給料の一部がバカラオで支払われることもあったらしい。
話を戻し、カタルニアの家庭の冷蔵庫に結構定番作り置きお惣菜、前菜

ロメスコスは、魚、白いお肉、鶏肉、豚肉のソースとして添えられるほか、ブロッコリーなどの葉物じゃない野菜を和え前菜になることも。かなり応用が利くソース。
有名な名物料理、カルソッツにも欠かせないですね。
カルソッツもテレビなどでも紹介され、最近有名になってきてますね。
バルセロナの人達の楽しみ方は、12月頃から1~2月、週末に、仲のよい友人達を誘い合ってネギ食べに行こうと、少人数で行くことが少ないみたいです。実際僕らも5~6人から10名ぐらいのグループで行ってました。バルセロナからタラゴナ方面へ、バルセロナを出てしばらくすると、道路沿いに


そういえば、カタルニアの野菜のソース サンファイナもあります。
サンファイナ スペイン料理の表記だと、サルサを用います
サンファイナだけでも料理として、単独でパンに載せ野菜料理にもなるし、作り置きしておいたのを冷蔵庫から出して前菜にもなるし、、合理的な考えをするカタラン人、他の地方の人たちからはケチともいわれる?

こんな流れで、
マルイモンターニャ海のものと山のものを組み合わせて料理に言及
ミートボールといかの煮込み
伊勢海老と鶏肉の煮込み等
ほうれん草のカタルニア風と舌平目のカタルニア風
最初胃の方で言及した松の実の話、グエル公園の後ろの方の松林、松の実が大きい、これが頭にあったたらかなり痛いだろうな?公園散策中に、ボットとおとを立てて、大きな松の実が落ちてきた!

タイムスケジュールは20分ぐらい













ちょっと一息                  
修業時代
思い入れの深いのと正反対だったのは、クレマカタラナ、バルセロナを代表するデザートで、ここにいらっしゃる方はみんなご存じだと思います。

バルセロナ時代、休みの日は出来るだけいろんなお店に食べに行ってました。
クレマカタラナも何度も食べていたのですが、けっこうデザートに行き着く前に、お腹いっぱいモードになってることが多く、お茶碗二杯分はユウにあるカタラナがきつかった。
そんな訳で、ぼくの修業時代クレマカタラナは初期に頃食べましたが、その後は、避けるべきデザートというイメージになってました。
もちろん、デザートとして作るのはしてましたよ、
旧市街に、甘味処で美味しいと言う店に友人と行ったとき、甘いし、量も多く唖然とした思い出も、基本的に、スペインンおよびヨーロッパは、甘い物は、徹底的に甘い方が彼の地の人達は美味しいと感じるようですね?甘さがサッパリとして、甘さが控えめで美味しいという発想はほぼないです。


なんだかんだ言ってますが、基本的には辛党だと、20代前半に気づきました?
まだまだワインなどの見つけなかった初心な時代!

















話盛り上げ   やっぱりパエリャだよね  30分


スペイン料理と言えばパエリャ、米料理についても話します。
スペインンの米どころはバレンシア地方、このバレンシアという地域も大きな解釈、語学的にも、カタルニアに含まれるかな?、バレンシア人はカタルニアとは違うとか主張しますけれど。バレンシアはカタランに対し微妙な対抗意識がありますね、ただし対マドリーになるとカタランバレンシア連合は有りです。
スサナのネタだし 40分目
以前ドスガトスで働いていたバレンシアから来たスサナちゃん曰く、バレンシアの人はカタルニアに対抗意識持ってるけど、マドリーに対する意識は、カタルニアと共通する傾向がある云々、

バルセロナで、頑固なカタルニア料理店で、パエリャを注文すると、「パエリャはありません、カタルニア料理では、アロスはあります」とか、いろんな考え方があります。
パエリャ鍋で作る魚パエリャ、スペインの土鍋カスエラで作ればアロスという説。
パエリャという言葉は、カタラン語で鉄の平たい鍋という意味もあるし、カタラン独特のちょっと深い目のパエリャ鍋ででた料理も広い意味でアロスとも言えるし、実際魚介のアロス料理を頼んだ時、カタランの深いパエリャ鍋の料理が出てきたことも。
 ぼくの食べた経験から、カタルニアのパエリャはやや汁気が多い、カルドッサですね。サフランも入っていますが、他の地方より、玉葱ニンニクトマトをしっかり色づくまでで炒めたソフリートを多い目に入れる傾向があります。味が濃いめとも言えますね。
じゃぁ、ぼくの作るパエリャ、アロスはどうなのかというと、魚介系のパエリャはカタラン色強い目、バルセロナ知ってる人にはさらに濃いめに?カスエラ(スペインの土鍋)で炊く時はより汁気の多い仕上がりに。 
ウサギや鶏の肉系のパエリャはちょっと乾き気味にしています。
パエリャで思うのは、日本の料理研究家のレシピとかを見ると、お米に対する先入観か、すぐ炊きたがるなという印象です。平たいパエリャ鍋のあの形は、日本の白米を炊くという感じには向かないでしょう?水分を蒸発させながらの調理で、後半に軽く蓋をして仕上げていくのが正しく、実際ごはん炊く時は、米の1,2~3倍の水分ですが、パエリャの場合は米の約三倍のスープを使います。
わりと引っ張ってパエリャネタ 時間確認!!!
ボッケリアの風景を写しながら、
カタルニアの人たちは、スペインのカスティージャ等のほかの地域の人に比べ、開放的、いろんな素材を受け入れるし元からたくさんの食材を食生活に取り入れているようです。
マドリーの市場に比べても、バルセロナ サンジョセップ市場、ボッケリアの名前のほうが親しみがあります。

カタルニアと言えば、白ナマコ エスパルディニャス かなり高価
ナマコをヨーロッパで食べる風習があるのは、後はシチリアぐらいですかね。
そう言えば、シチリアもカタルア王国の領土でしたね、卵が先か鶏がさきか?
ウニも、カタルニアでは沖合で、ダイバーの漁師が採ってレストランに直接売りに来てました。

でも今の二つは、
要するに、地中海にある物は何でも食べるぞ、海も山もマルイモンターニャ、全て食べ尽くすつもりのカタラン人。

日本料理の愛好家もマドリー等よりもずっと多い。
僕がいた1980年代
日本人は魚を生で食べるんだろう という質問は良くされました。料理人ではないある友人に、生魚を丸呑みするのかとか尋ねられたコトすらありましたが、確か彼はアラゴン出身、カタルニア人は、ヒコ鰯のマリネしっかり酢につかってないのも美味しいという認識がありますね、漁港近くのバルなんかだと浅漬け鰯も有りでした。
修業時代スペイン語で面白いと思った動詞は、コッシーダ加熱されたという意味ですが、酢で締めるという動詞も同じコッシーダ、魚の身が熱によって白くなる、酢によって締められるが同じ動詞だと言うことに気づいた瞬間、ものすごい発見をした気になってました!

新しい調理法、なじみのない食材、などなど、カタルニアの食いしん坊はどんどん

カラマレスフリット→以外とカタルニアでは食べない、特にこれを挟んだボカディージョ(スペイン風サンドイッチについて云々マドリッドでは、ダニエルネタ、時間ない時ハショル)




そんな食文化の流れの中で、脚光を浴びたエルブリを代表とするヌエバコシーナ
ただ、ミュシュランの星の獲得数特に三ツ星となると、地元の人に愛される料理と比例しない気がします。

新しい料理の歴史を作ったカタラン人の気質

タイム50分ぐらい まとめに向け一気に

新しい物も大好きなカタラン人ですが、やっぱりコンサバティブな面もたくさんある人達だったようです。

やっぱり昔からある料理は安心できます。ごくごくたまにびっくりしたり、????はてなのある物もつまみ食い?ヌエバコッシーナ否定はしませんが、

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